変わり続ける街で、変わらぬ味を守る。2代目ちゃんぽん店の夫婦が語る三鷹の暮らし方。

グラバー亭 新井健志さん・新井方子さん

三鷹駅近くでひらひらとのれんをはためかせるグラバー亭。その名前から想像する通り、長崎ちゃんぽんが看板のこの店は、創業して44年が経ちました。3年前に2代目を継いだ店主夫妻は、「地元の仲間と支え合って商売をやっていきたい」と言います。三鷹で育ち、三鷹に暮らし、三鷹で商売をする40代の視点から街の変遷を語ります。

新井健志さん(双子座)
三鷹生まれ、三鷹育ちで、一貫して三鷹に住み続ける。服部栄養専門学校を卒業後、複数の仕事を経て、30歳で家業のちゃんぽん店に入店し、父親に本場ちゃんぽん作りを鍛えられる。35歳の時に行きつけの居酒屋で方子さんと知り合い、半年後に結婚。3年前に両親から店を継いで店主に。

新井方子さん(双子座)
練馬区出身。ロック好きの父親の元で音楽の英才教育を受けて育ち、22歳でソニーの女性ボーカルオーディションでグランプリを受賞。商業的な音楽界に肌が合わず、自分なりの音楽を模索している時期に健志さんと出会う。グラバー亭で働きながら音楽活動を続ける。

創業44年、野菜たっぷりの本場ちゃんぽん

-三鷹で「長崎ちゃんぽん」とは意外な取り合わせです。お店を開いてどのくらいになるのですか。

健志
44年です。
方子
この人の母が長崎出身で、父は三鷹生まれ三鷹育ち。主人が生まれてから、父は長崎に修行に行って、一念発起して開いたんです。店名の由来は、もちろん長崎の「グラバー邸」。父が修行した店の味と似ているんですけれど、当時は東京ではとんこつラーメンがあまりなかったので、父に言わせると、東京の人が食べやすい味にちょっと変えたようです。
健志
開店してからはずっと同じ味です。うちのこだわりは、本当の「ちゃんぽん麺」を使っているところです。

-“本当の”ちゃんぽん麺というのがあるのですね。

方子
「唐灰汁(とうあく)」という、中華麺におけるかんすいのようなものがあるんです。唐灰汁を使っていないと、ちゃんぽん麺とは言えないんです。うちは唐灰汁のちゃんぽん麺を、44年間変わらずずっと長崎の製麺所から取り寄せています。都内で唐灰汁のちゃんぽん麺を使っているところはあまりないですね。
健志
うちのはちゃんぽんだと断言できるのは強みです。でもお客さんのなかには、「これはちゃんぽんじゃない」って言う人もいるんです。

-どういうことですか?

健志
本場長崎でも、お店によって、地域によって、具材が違ったり、スープに鶏が入っていたり、豚骨だけだったり、合わせていたり。生卵を入れるところもあるんです。一口にちゃんぽんと言っても、これという型があるわけではない。だから「ちゃんぽんじゃない」と言われても、「この人にとってのちゃんぽんとは違ったんだなぁ」と思うしかないですね(笑)。

-なるほど、そういうことですね。ほかにもこだわりのポイントを知りたいです。

方子
ちゃんぽんに入れるかまぼこも長崎から取り寄せています。あと、皿うどんの麺も。3年前にうちらが継いでからは、皿うどんにかける金蝶ソースを置くようになりました。長崎の皿うどんはあんがとても甘くて、金蝶ソースはスパイシーだから、かけると絶妙なんです。長崎の方はドバドバかけるんです。ハマる人はみんなハマっちゃって。
健志
ソースを売ってくれないかって言われるぐらいです(笑)。
方子
メニューには野菜をたっぷり使ってます。お客さんは30代から60代の男性のサラリーマンが多いですが、野菜がたっぷり摂れるからと、女性のお客さんが増えてきています。
健志
常連さんはちゃんぽんか皿うどんか、どちらかを注文することが多いですね。ちゃんぽんの人はずっとちゃんぽん。メニューを変えない人が多いです(笑)。
方子
夫婦で安くてお腹いっぱいになるものを、一生懸命作ってます!
野菜たっぷり、本場の麺が自慢のちゃんぽん

野菜たっぷり、本場の麺が自慢のちゃんぽん

店を受け継ぎ、切り盛りする日々

-お二人が2代目とのことですが、長く続くお店を継ぐ心境をお聞きしたいです。

健志
継ぐなんて考えていませんでしたよ。料理は子どものころから好きでしたけれど。
方子
飲食店はけっこう大変ですから、義父はこの人に好きな仕事をしてほしいと思っていたようです。継いでほしかったのは義母の方で。調理師の専門学校に行ったけれど、卒業してすぐにお店に入ったわけじゃないんだよね?
健志
ほかの店で調理師もやったし、ペンキ屋だとか運送屋だとか。20代はいろんな業種をやりました。
方子
当時は従業員がいたので、手が回っていたようです。この辺りで開発が進んで、従業員が少なくなったころに、義母がこの人にお店に入りなさいと。うまく軌道に乗せられたようです(笑)。息子だと融通がききますしね。だんだん家族経営になっていきました。
健志
高校生のころから、たまにバイトで店に入っていたけれど、本格的に働き出したのは30のころ。15年ぐらい前ですね。
最初は親父とバチバチやってましたよ。鍛えられました。自分ではこうやればいいのになぁと思っても、親父には親父のやり方があるから。だんだん阿吽の呼吸じゃないけれど、相手が何を考えているのかわかるようになってきて、ケンカはだいぶ減りました。

-方子さんがお店に入ったのはいつですか?

方子
結婚して10年なので、10年前です。両親の元でお店で働いたり、家でみんなのまかないを作ったりしてました。昔は職人さんが調理する店でしたから、そのイメージを持っているお客さんにがっかりされないように、私も8年前に調理師免許を取りました。

-今年、出産されたそうですね。

方子
上に8歳の女の子がいるんですけれど、今年4月に男の子を産んじゃって。夜は授乳で起きなきゃいけないし、体力的にけっこう大変!
でも、主人の両親が子どもを見てくれたり、一時保育に預けたりして、仕事させてもらっていることに感謝しています。主人も私も、お店で働いているのが好きなんです。
健志
今が一番楽しい反面、赤ちゃんがいますからね。店が人手不足で、1人でも従業員がいてくれたら、という忙しさです。まだ父や母に手伝ってもらわないと、やっていけませんが、父も歳ですから「手伝えるのはあと1年ぐらいだよ」と言われています。

-継いでから、先代との関係は変わりましたか?

方子
今だにケンカするよね(笑)。
健志
はははは。でももう任されているのを感じています。口を出されるとしても、料理についてではなく、「古くなった椅子を変えた方がいい」というぐらいですね。
方子
本当に真面目な、きちんとした親なんです。私たちと違って(笑)。だから40年もやってこられたんだなって。

-お二人は家でも店でも顔を合わせているのですよね。

方子
よくお店で夫婦ゲンカしてます。私たちにとっては、お店も生活の場ですから。たまにネットの書き込みで、「若女将の機嫌がいつも悪い」とか書かれます(笑)。お客さんってよく見てるなぁと思います。

-何についてケンカするのですか?

方子
やっぱり作ることですね。だんだん阿吽の呼吸になってると思うんですけれど、「あれやって」と言われると、「言われなくてもわかってるから言わないでよ!」ってなっちゃうんです。「麺を茹でるのは私の分担だから、ここにこないで!」とか。地味なケンカです(笑)。
湯気が立つ大鍋の前で、懸命に麺を茹でる方子さん

湯気が立つ大鍋の前で、懸命に麺を茹でる方子さん

若女将は、ときどきプロの歌手

-方子さんはまったく異業種から、結婚を機に飲食店の世界に入ったそうですね。

1

方子
……そうなんです。

-結婚前は何をしていたのですか?

方子
今でも細々続けているんですけれど……音楽活動をしています。ソニーの女性ボーカルオーディションでグランプリをとって、20代のころはレコード会社に所属していました。でも、売れる音楽が好きじゃなかったんです。CDを出そうという野心もなくて、チャンスをものにできなかったなぁとは思うんですけれど。
30歳ごろにやりたい音楽を模索しているうちに、結婚したくなったんでしょうね(笑)。で、結婚した相手がたまたまちゃんぽん屋だったということです。

-お店も子育ても忙しそうですが、今はどのように活動しているのですか?

方子
イベントやパーティーで歌ったり、海外のミュージシャンとダンスミュージックなどの打ち込み的な音楽を作ったりしています。
忙しくしていてもたまにハッと思い立って、うまく時間を使わなきゃと意識しています。
健志
息抜きもしないと、24時間一緒ですからね。時間の許す時は子どもを見てるから、好きなことをやってきてください。
方子
お店があっての生活や家族ですから、お店を開け続けることが第一です。お店を一生懸命やって、空いている時間に音楽ができればな、と。今、三鷹在住のアーティストとコラボしようという話が持ち上がってますので、いずれ三鷹で披露できる機会があればと思っています。
平日の昼時は混み合い、土曜はファミリー客が増える店内

平日の昼時は混み合い、土曜はファミリー客が増える店内

地元に住み、地元で商売をするということ

-方子さんの出身は練馬区ですね。近隣ではありますが、三鷹に嫁いでこられて、練馬区との違いを感じることはありますか。

方子
主人の三鷹の仲間の結束力や地元意識の強さに圧倒されちゃいました。
健志
「三鷹村」って言われてますからね(笑)。
方子
初めのうちは「外から来たな」という目で見られましたが、一生懸命お店のことをやっているうちに、三鷹駅前の旭町会の方たちが快く受け入れてくださって、お神輿を担ぐようになって、だんだん打ち解けていった感じです。

-健志さんはずっと知り合いに囲まれているような環境ですね。

健志
同級生のつながりが強いですね。三鷹の外に出た同級生もいますけれど、なんだかんだ残っている人も多くて。町会で会ったり、自分と同級生の子ども同士がまた同級生で、運動会などの学校行事で会ったり。
方子
それだけじゃなくて、いつもつるんで飲んでるよね!
健志
はははは。まあ、つるむメンバーはいつも一緒ですけどね。みんなこの辺で飲んでます。
方子
地元でお金を落とそうという意識があるよね。
健志
だいたい仲間がやっている店に行きますね。
方子
そういう方たちもうちのお店に食べに来てくれるから、みんなで行き合ってるんです。「あ、行かなきゃね、来てもらってるからね」と。
健志
飲みにいって情報交換もするんです。最近人の流れが変わったねとか、ラーメン屋ができるみたいだよとか。
エビが高くなった時に、あそこの問屋ならあるんじゃないかと教えてもらって、同じような値段でお店に出せるようになったり、人が辞めた時に紹介してくれないかと相談したり。工事を頼む時なんかでも、知らないところに頼むよりも、知り合いの紹介なら信用ができます。
方子
みんな気軽に話したり、相談したりし合える仲だから、結束が固いのかもしれないです。同級生同士で結婚している人も多いよね。
健志
多い! 中学生の同級生とか。
方子
うちは余ってた者同士ですね(笑)。
健志
30代まで遊んでたようなもんです(笑)。
方子
結婚しても実家で両親と同居して、3年前にようやく独立して今の家に引っ越しました。といっても、ちょっと歩いたら行けるぐらいの、スープが冷めない距離なんですけれど(笑)。
健志
三鷹から出ようと思ったことはないです。居心地がいいですから!
昼時のピークが過ぎ、ほっと一息の夫妻

昼時のピークが過ぎ、ほっと一息の夫妻

子供のころ、これからのこと

-健志さんが見てきた、三鷹の変遷をお聞きしたいです。

健志
小学生ころは上連雀の家の近くで遊ぶことが多かったのですが、井の頭公園にもよく行きました。夏になると釣りをしに行って、ザリガニやテナガエビを釣って、帰りには「暑いから池に入っちゃおうか」って泳いでました(笑)。たぶん当時も泳いじゃいけなかったと思います。
方子
駅前も変わったでしょう。私は知らないんですけれど。
健志
こんなきれいなロータリーではなかったし、今コラルになってるところには映画館がありましたし、高い建物が少なくてせいぜい3階建てぐらい。そこのUFJ(三菱UFJ銀行三鷹支店)の建物が唯一高かったですね。
お店の目の前の、今はUFJの駐輪場になっているところが空き地だったので、同級生と野球をしたりキャッチボールをしたりしていました。ファミリーマート(三鷹駅前店)のところはパン工場だったんです。パンの焼けるすごくいい匂いがするところで遊んでました。
中央通りにも個人店が並んでいました。お蕎麦屋さんとか、ケーキ屋さんとか。そういうのがなくなってビルが建って、その中にお店が入ったり、商売を辞めてしまったり、等価交換でマンションに入ってしまったり。そういうところの子どもに同級生もいましたけれど、どこかに引っ越してしまいました。

-ほんの30〜40年前は、現在とはまったく違う風景だったのですね。そんな中で昔ながらの店構えを維持するグラバー亭は貴重ですね。

健志
ここ(グラバー亭が入居する建物)が新築のときにお店が入ったんですが、ここも再開発の区画に入ってたこともあるらしいんですけれど、最終的にはそのまま残りました。運良く残ったのでお店を続けていますが、建物が古くなってきていますので、建物のオーナーがどうするかですよね。

-お客さんも変わりましたか?

健志
以前はJRの車掌さんや運転士さんの待機所が近くにあって、常に300人ぐらいいたんです。その人たちが自分たちの都合で食べにきていたので、ずっと通しでお店をやってました。今は2時半から5時半まで閉めてますけれど、そうはいかなかったんです。でも15年ぐらい前かなぁ、その待機所が立川に移ってしまいました。
ほかにも観光会社などもあって、お客さんとしてけっこう来てくださってたんですけれど、会社の統廃合などがあったようで、どんどん減ってきました。
方子
たまに50代、60代のお客さんが、「通りかかったらまだお店があって、懐かしくて入ってきちゃいました」ってお店に来られるんです。
健志
昔は若い人が職場に入ると、常連さんがお店に若い人を連れてきて、その若い人が常連になってと、どんどん受け継いでいってたんです。
方子
そういうきっかけがないので、今は初めての人は入りづらいと言います。
健志
俺だって、この辺に昔からある店でも、入ったことがなかったり、連れてってもらってやっと入れた店があるからね。うちの店もネットで店内の写真を見てから、入ってくる人が増えました。
方子
一度入っちゃえば、また来てくださる方が多いですね。私たちが若い雰囲気でやっているから、入りやすくなったかもしれません。

-街が変わり続ける三鷹で老舗を続けていく意気込みを聞かせてください。

健志
地元の仲間同士、助け合いながら、お互いがお互いの店を相乗して、一緒に潤っていきたいですね。「美味しかった」って言われるとやっぱり一番嬉しいです。その言葉を聞くと、よかったなって思うんです。カウンター越しに言ってくれる人がいたり、家族で来て「美味しかったです」と言ってもらったりしたら、もう本当に嬉しいですね。
44年の風格を感じさせる店構え

44年の風格を感じさせる店構え


グラバー亭
三鷹市下連雀3-25-8 0422-45-1267
日曜・第二土曜休み
月~金 11:30~14:30、17:30~22:30
土 11:30~15:00
(調理スタッフ募集中)

この記事を書いた人
小田原 澪 (てんびん座)ライター

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