どこまでも自由に、感性に委ねて織る。人生観を変えた「さをり織り」とは。

手織工房じょうた 城達也さん

木立と隣り合う工房では、笑い声がこだまし、優しくあたたかな風合いの織物が次々と作られていました。城達也さんが主宰する「手織工房じょうた」は、「さをり織り」と呼ばれる独特な織物の教室です。さをり織りそのもののような語り口の城さんに、吉祥寺に根を張りながらさをり織りを広める思いをうかがいました。

城 達也さん(かに座)
「手織工房じょうた」主宰。大阪府和泉市出身。祖母の城みさをさんは「さをり織り」の創始者、父親は「さをり織り」の織り機や糸を扱う会社を経営する、「さをり織り」一族の三代目。国際基督教大学入学を機に上京し、2007年から吉祥寺に工房を構える。2児の父。

感性で織る「さをり織り」

-「手織工房じょうた」は井の頭公園の目と鼻の先、玉川上水の遊歩道沿いの、とてもいい場所にありますね。

はい。空気がおいしいです。鳥が多くて、オオタカの声や、コゲラ、アカゲラが木をコンコン、コンコンとつつく音が聞こえます。贅沢です。毎日のように思っています。

-そして、工房にたくさんの人がいらっしゃることに驚きました。

日によりけりですけれどね。今日は10人以上いますが、1〜2人のときもあります。月会員制で、好きな時に来て、好きなだけ織って帰る。時間割があるわけではなく、今日思い立って行きたいな、と思ったら来られるようにしている教室です。

織り機は常時、15〜16台出していて、会員さんは70~80人。ほかの織物教室では99%は女性ですけれど、ここは男性が1割はいます。年齢の偏りもありません。1日体験の人も年間1,000人ぐらい来られます。

織り機を動かす音や笑い声で賑やかな工房

織り機を動かす音や笑い声で賑やかな工房

織っている途中でも縦糸が取り外せるので、織り機をシェアできる。

織っている途中でも縦糸が取り外せるので、織り機をシェアできる。

-工房全体に堅苦しさがなく、みなさんが織り機に向かって楽しんで織っていることが伝わってきます。

手織りというと「難しい」と考えている人が多いと思います。だいたいみなさんがイメージしているのはいわゆる伝統の織物、着物や帯にする織物ですよね。そういうものは、細い糸をガンガンと打ち込んで、なかなか織り進まないし、糸が切れたら結び直すのも大変だし、時間がかかります。

でもここでやっている「さをり織り」は太い糸で織るので、マフラーなら4時間で織れてしまいます。

-とても速いですね。さをり織りについて、詳しく教えてください。

一番の特徴は、デザインがないことです。

普通の織物なら、織り始める前に、何を作ろうか決めると思います。でもそれって、今の時代、機械でできることです。複雑な柄の、何十メートルもの織物が、人の手なら何年もかかりますが、機械だと1ヶ月もあればできてしまう。そこを人の手で追いかけても意味がない。

人には人の感性があって、それぞれ個性があるので、その個性を最大限に生かす。それがさをり織りです。ひたすら自分の感性に委ねる。自由に織るのがポイントです。織りたいタイミングで織りたい色を使う。糸が切れたら切れたなりに、色を変えたり、糸の太さを変えたりして、どうすれば面白くなるか工夫します。

-とても自由な織物なのですね。使用する糸にも特徴があるのですか。

工房にはいつも2,000本ぐらい糸がありますが、ほとんどは「残糸」といって、紡績工場の残り糸です。太い糸もあれば、細い糸もあるし、くるくる巻いた糸もあります。色だけでなく質感もそれぞれです。

-残糸なら、同じ糸がいつでもあるわけではないですよね。

そうです。それが面白いんです。今ある糸で織るので、最後まで自分がどういうものを織れるのか、自分でもわからないんです。

-計画性とは対極ですね。どこまでも感覚的に織っていくということでしょうか。

ジャケットやベストやスカートに仕立てるのも、さをり織りでは自分でやります。でも、「コートを作ってみようかな」と思って始めても、最終的に「スカートにしたほうが良さそう」「ポンチョにしちゃおう」となることが多いんです(笑)。

頭で決めたものを、決めた通りにやったら、出来上がりは100点ですけれど、決めることや決めた通りにやることを取っ払ったら、100点以上のものがけっこう簡単に手に入ります。

-さをり織りを、会員さんにどのように伝えているのでしょうか。

初めは頭で考えた通りに織ろうとする人もいて、ここではそれをダメとは言わないんです。言うとやる気がなくなってしまいますから。でもそのうちにみんな、わかってきます。やっぱり感覚を生かすと面白いということに。

それと、僕を先生と呼ばないで、とみなさんに言ってます。「先生」がいると、ダメなんです。先生にいいねと褒められる作品を作ろうとしてしまう。「城さんなら次にどんな色を入れますか」と聞かれても、僕は絶対に答えない。スタッフにも、「聞かれても答えちゃダメ」と言ってます。

壁に展示されている作品。さまざまな色や質感が織り込まれている。

壁に展示されている作品。さまざまな色や質感が織り込まれている。

壁には色も質感もいろいろな糸が並ぶ

壁には色も質感もいろいろな糸が並ぶ

家業だから、ではなく、自ら飛び込んだ世界

-城さんはさをり織りと、どのように出会ったのですか。

さをり織りは、僕の祖母の城みさをが始めました。織り機は家にあったし、父の会社でもさをり織りをやっていました。だから子どものころから、目にはしていました。

いつかはと思っていたのですけれど、実際に始めたのは社会人になってからです。大学を卒業して、森永乳業に入って、社員寮に住みました。そこに父に織り機を送ってもらったのが始まりです。

届いた織り機に縦糸を張ってくれていたので、3~4ヶ月かけて6メートルぐらいを織り上げました。そうしたら縦糸がなくなってしまって、どうしたらいいかわからなくなったんです。ようは、縦糸を作らなければ織れないということすら、知らなかったんです。

さをり織りの教室が東京にあるから、そこで習っておいでと父に言われました。習いながら3年ぐらい働き、森永を辞めて、東京の教室で働き始めました。そこからもっと織るようになりました。

城さんが会社員時代から使い続けている織り機。着ているジャケットももちろんさをり織り。

城さんが会社員時代から使い続けている織り機。着ているジャケットももちろんさをり織り。

-さをり織りが家業なのに、大人になるまでさをり織りに縁がなかったのですね。

小学校の頃に一番嫌いなのが、家庭科の裁縫だったぐらい、とても不器用なんです(笑)。針の穴に糸を通すのに30分かかってた。針と糸を使う仕事だけはやりたくないと思っていました。

-いまでは織るのはもちろん、縫製もやっている城さんからは想像できません。

やればできるようになるんです(笑)。

特に芸術的な勉強や活動をしたことがなく、しかも不器用な僕でも、他の人からいいねと言われる作品を作れる。修行が必要でもなく、自分の中にある感覚を使うだけです。表現というのは、やるかやらないかの違いであって、できるかできないかではない。僕ができるんだからみんなできる、と言い切れます。

-さをり織りを始めて、変わったことはありますか。

祖母の考え方が面白いんです。人にはそれぞれの感性がある。知力や体力は数字にして評価ができるけれど、感性にはそれがない。人との違いが差別にはならなくて、単に違うだけと言える、と。

実際にさをり織りをやってみて、僕もそう思いました。価値観や感覚の違いはあっても、この人はこれができないからダメ、とは思わなくなる。人を見る目がフラットになりました。

-初期のころから今に至るまで、作品にも変化はあったのでしょうか。

最初の1本は自由に織りましたが、だんだん「さをりだから色を入れなくては」「さをりだから面白くしなければ」と力が入ってしまいました。全速力で走っている感覚で、息が抜けてない。そうしたら面白くないものができてしまうんです。

もっと呼吸する感じで、布の中に走るところ、歩くところ、曲がるところという感覚を持たないと、自然のリズムになってこないんです。それを感じられるようになった時に、楽になりました。自分が流れ出るように織ると、心地がいい。

織りって、すぐ目の前に織ったところが見えるので、「この感覚、この色味の感じ、すごくいいなぁ、ちょっと天才かも」って自分で思える(笑)。

-「よくできた!」どころではなく、「天才だ!」と思うんですね。

ははは。普通、思わないですよね。特に日本的な、控えめであるのが美徳、というような教育を受けてしまうと。でも、自分だけではなくて、他の人のを見ても、「この人、天才だなぁ」って思います。

織ったばかりのところが目に入り、天才だと感じる瞬間。

織ったばかりのところが目に入り、天才だと感じる瞬間。

地域に緩やかな流れを織り込む

-今の場所に工房を開かれるまでのことをお聞かせください。

働いていた教室から独立して、2007年に吉祥寺の東急デパートの裏にあるマンションの1室で「手織工房じょうた」を始めました。1年半で手狭になったので、大正通り沿いに移り、9年半やってから、2018年6月にここに来ました。

以前の場所はコミュニティバスの通り道で、人通りは多かったのですが、見る人はいても足を止める人は少なかったんです。ここは散歩道だからでしょうか、足を止める人が多く、近辺の人が会員になることが増えています。

-ずっと吉祥寺駅から徒歩圏内に工房を構えてらっしゃるのですね。

吉祥寺は糸屋さんや手芸屋さんが多く、その意味では珍しい街です。

工房展を毎年1回、11月の第4土曜日を挟むあたりで開催しているのですが、じつはその期間に「吉祥寺糸モノまつり」というのを開いています。 お店で糸や編み物をセールしてもいいし、たくさんあるギャラリーで織りや紡ぎの人が作品展をしてもいい。時期を合わせたら、糸モノが好きな人がハシゴできるなと思って、僕が初めに呼びかけました。

2018年が8回目で、40店舗ぐらいが参加しました。さをり織りをイメージしたコーヒーや、お菓子のワッフルはワッフル織りが由来だからとワッフルの販売もありました。ようは糸にかこつけていればなんでもいいんです。地図を作って、スタンプラリーのようなことをしました。

糸モノまつりによって、入りづらかったお店やギャラリーに入りやすくなり、作家が作品を見てもらうきっかけになればいいですよね。糸モノ好きが集まるのですから、編み物から織物や刺繍へなどと、興味が広がりやすいんです。

-ご自身の工房の運営に止まらず、街を盛り上げる立役者でもあるのですね。

2018年はゴールデンウイークの「吉祥寺音楽祭」の実行委員長もやってましたよ(笑)。

吉祥寺にいると思うんですけれど、武蔵野市と三鷹市の分断がありますよね。でも、工房が武蔵野市吉祥寺本町にあった時も、三鷹市井の頭の今も、来る人にとっては「吉祥寺」です。武蔵野市と三鷹市を使い分けているわけではありません。吉祥寺ということで、一緒に盛り上がったらいいじゃないですか。

2018年秋、吉祥寺駅前にあるゾウのはな子の首に巻いていた、城さんが織ったマフラー。

2018年秋、吉祥寺駅前にあるゾウのはな子の首に巻いていた、城さんが織ったマフラー。

生き方をも自由にした「さをり織り」

-お話をうかがっていると、城さんがさをり織りそのもののように、自由に生きていらっしゃるように感じます。

「右向け、右」が面白くないと思っているだけかもしれません(笑)。結果的に右を向くのだとしても、そう教えられたからではなくて、自分が向きたいから向く、自分で判断して向く、という感覚が欲しいと思っています。

さをり織りを始めたばかりの頃、創始者の孫だからと、勝手にすごいものを織るのではないかと思われた時期もありましたが、そういうことをまったく気にしなくなりました。

織る時はとことん自由でいたい。今は注文を受けるのも止めました。この人のために織りたいなぁと思って織ることはありますが、「私のために織って」と言われると、気を使います。「こういう色は嫌い」なんて言われると、もう本当に窮屈です(笑)。だったら、「ここに糸がいっぱいあるから、選んで自分で織って」と。

-「織物作家」ではなく、「手織工房じょうた 主宰」と名乗っていることにも、思い入れがあるのですか。

さをり織りを作家としてやるのか、広める人になるかと考えた時、すごい作家になって、すごい美術館に展示されるより、この面白いさをり織りを広めたいという気持ちが圧倒的に強かったんです。教室をやっているのは、生活のためというよりは、副産物。自分にミッションがあるのだとしたら、さをり織りを広めることだと思っています。

玉川上水の遊歩道に溶け込むようにたたずむ工房

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この記事を書いた人
小田原 澪 (てんびん座)ライター

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