古本カフェ・フォスフォレッセンス

太宰治の気配があちこちに残る三鷹の地で、ゆかりの品々に囲まれた古本カフェを経営

駄場 みゆきさん

三鷹市中央図書館のすぐ隣のビル一階に、古本カフェ「フォスフォレッセンス」はあります。通りに面した大きな窓から店内の様子を覗くと、そこにはいっぱいに詰まった本棚とテーブル席。店のあちこちには太宰治ゆかりの品々が飾られています。最近、開業物語の自費出版もされた店主の駄場みゆきさんに、太宰治の住んだ街・三鷹への想いや太宰愛について伺いました。

駄場 みゆきさん(おうし座)
大阪府生まれ。大学生協書籍部に勤務しながら同じ大学の二部に通い、卒業後は京都で新刊書店員に。ブックカフェを開こうと三鷹で物件を探し、2002年5月に古本カフェ「フォスフォレッセンス」をオープン。

桜桃忌での出会いをきっかけに、三鷹でブックカフェを開こうと決意

-まず駄場さんと三鷹のご縁について伺います。大学での卒論も太宰治だということですが、最初に三鷹にいらしたのはやはり太宰がらみですか?

28歳の時に初めて禅林寺の桜桃忌に来て、三鷹市中央図書館にも寄りました。私は24歳から大学の二部(夜間)に入ったので、ちょうど4回生で卒業後の進路を考える時期だったんです。本に関わることがしたいと図書館司書も選択肢の中に入れていました。その時に中央図書館が気に入り「私、図書館で働きたいんですけれど、ここで働く方法はないですか?」といきなり質問した記憶があります(笑)。驚かれたでしょうけれど、丁寧に応対してくださいましたよ。

-もともと本好きでいらっしゃるんですね。

昼間は大学の生協書籍部で働いて、夜は学生として日本文学を学び、卒業後は新刊書店に勤めました。ほんとうは近畿大学のスクーリングに行って司書資格も取る予定だったのですが、毎年あるはずのスクーリングがその年はなぜかなかったんです。それが運命の分かれ道でした。司書資格があれば、今頃アルバイトでも図書館で勤務していたかもしれませんね。

2回目に三鷹に来たのが1999年の桜桃忌でした。それが三鷹に住むようになったきっかけです。

-と言いますと?

ちょうどパソコンが普及し始めた頃で、太宰治のファンのホームページが合同で桜桃忌に太宰のオフ会をしようということになりました。そのうちの一つが後に夫となった人の主宰でした。私が京都から深夜バスでオフ会のために禅林寺に来たときに、太宰の墓前にいたのが現在の夫です。それまでメールのやり取りはしていましたが、直接会ったのはその時が初めてでした。翌7月に彼が京都の私の家に遊びに来てそのまま帰らなくなって(笑)、それからずっと二人でいます。桜桃忌が縁で結婚することになったわけです。

-ロマンチックですね。

2000年、2001年の桜桃忌には二人で京都から来ました。そして三鷹の太宰に縁がある場所を巡って気持ちが高揚したあとに 「ちょっと一息入れて太宰の話ができたり太宰の作品を手に取れたりする場所があったらいいな」と思いました。

私は20代の始め頃にニューヨークでブックカフェを見て、将来こんなお店がしたいとずっと心の奥底で温めていました。それとピタッとリンクして、「太宰の本が並んでいて太宰の話ができるブックカフェを三鷹ですればいいんじゃないか!」と閃いたのです。準備期間を経て2001年の12月25日に引っ越してきて、この店をオープンしました。

桜並木のある大通りに面して、大きな窓があるのが特長。

桜並木のある大通りに面して、大きな窓があるのが特長。

-お店の物件はどうやって探したんですか?

7月くらいからFAX で物件の情報を流してもらって、深夜バスで見にきました。いくつか見て駅前の方で決まりかけたりしたのに駄目になったりして、ここに決まったのが10月か11月だったと思います。決め手になったのは桜の並木とこの大きな窓です。駅前に比べたら家賃も安かったですし。
本当は図書館の近くは本の商売には向いてないと言われています。図書館で借りてしまうので売れないと。でも、うちのお客さんは隣の中央図書館に本を返したり借りに来たりする時についでに寄ってくれることが多いです。2週にいっぺんのペースで。

-ニューヨークでご覧になったブックカフェのどういったところに惹かれたのでしょうか。

ここと同じような感じで店内の様子が見てとれて、本を読みながらコーヒーを飲んだりしてリラックスしているお客さんの表情がとても良かったんです。私は新刊書の書店員をしている時に、お客様の問い合わせにもっと詳しく答えたいけれど、すぐに仕事に戻らなければいけないというジレンマがありました。きっとそれが澱のようにたまってきていたんですね。ブックカフェなら時間を気にせず丁寧に対応することができます。

お客さんからは、太宰ファンが周囲にいなかったりして「すごく太宰の話をしたいんだけど、友達には話せない」というお話をよく聞きます。「ここなら心ゆくまで太宰の話ができる」と言ってくださるので、ブックカフェにしてよかったと思います。それはお店の計画をしている時には分からなかったことですが、需要と供給が一致したと思っています。

-太宰ゆかりの三鷹にはそういうファンの方も集まりやすいんでしょうね。

三鷹駅前の観光案内所ではマップも売っています。2009年に三鷹に「太宰治文学サロン」が出来てから、 そこから来たという人が増えました。ここが太宰文学散歩の最終地点になっているようで、私も嬉しいです。

お店の人気メニューの一つ「太宰ラテ」。たまたま居合わせた常連さんによると、フードメニューもおすすめだという。

お店の人気メニューの一つ「太宰ラテ」。たまたま居合わせた常連さんによると、フードメニューもおすすめだという。

太宰に限らず文学を愛する人たちに、「現実と夢の間」に遊ぶ時間を提供

-フォスフォレッセンスという店名は太宰の短編から取っていますが、なぜこの短編の名前を店名にしたのでしょうか。

店名を考える時にすぐ「フォスフォレッセンス」と降りてきたんです。もちろん好きな短編です。現実と夢の間をふわふわと漂う浮遊感のある話なので、この店でも現実と夢の間のように浮遊感がある時間を過ごしてもらいたいと思います。オープン当初は「長いし、覚えにくい」とすごく言われましたが、お客さんたちの方から自然に縮めて「フォスさん」と呼んでくれるようになりました。それがとても嬉しかったです。

-ちなみに駄場さんが太宰の文学と出会ったのはいつごろのことですか。

高校時代に人間失格を読んだ時にはそんなにハマりませんでした。でも、20代の初めにバー・ルパンでの太宰の写真を見て、その瞬間、母性本能がくすぐられてどうしようもなく惹きつけられたんです。そこで落ちましたね。作品を読むとますます魅力にとりつかれ、貪るように読んで行きました。

バー・ルパンでの写真とともに、太宰の好物も飾ってある。太宰は味の素が大好きだったそうで「人間失格」にも登場する。

バー・ルパンでの写真とともに、太宰の好物も飾ってある。太宰は味の素が大好きだったそうで「人間失格」にも登場する。

太宰治の著書はもちろん、研究書や関連の書籍も充実している。

太宰治の著書はもちろん、研究書や関連の書籍も充実している。

-同じ太宰ファンのご夫君は太宰のどういったところに惹かれたのでしょう。

「文章がカッコいい」ということみたいです。

-いろいろな入り口があるんですね。太宰以外の本もいろいろと置いていらっしゃいますが、お客様はやはり太宰ファンが多いですか?

必ずしもそういう方ばかりではないです。太宰に関係なく本好きな人が多いですね。

-これは来店したお客さんがメッセージを書かれるノートですね。

はい、このノートには、松浦弥太郎さんが初日に来て言葉を書いてくださいました。以前、松浦弥太郎さんがワークショップを大阪でされた時に「本屋になりたい人はいますか?」と質問した時、むちゃくちゃ大勢いた中で私だけが手を挙げたんです。それが縁で「お店を開いたら必ず行きます」と言ってくださって、社交辞令かもと思っていたらオープンの日に本当に来てくださいました。それからずっとお客さんにノートを書き継いでいただいています。

「フォスフォレッセンス掲示板」と題した自由に書き込めるノート。最初の書き込みは松浦弥太郎さんのもの。

「フォスフォレッセンス掲示板」と題した自由に書き込めるノート。最初の書き込みは松浦弥太郎さんのもの。

コックピットのようなテーブル席も「落ち着ける」と人気。テーブルの脚は古いミシンのものを活用。

コックピットのようなテーブル席も「落ち着ける」と人気。テーブルの脚は古いミシンのものを活用。

-古本屋さんとしての「推し」と言うか、太宰の著書以外でおすすめのものはありますか。

三鷹の人で今官一という人がいます。ちょうどこの図書館の裏あたり、上連雀八丁目に住んでいました。今ちょうど太宰治文学サロンで「太宰治と今官一」という特集展示をやっています。

今官一は太宰治の親友とも言える人で、直木賞を取って三鷹にずっと住んでいた作家です。もっと知られてほしい人です。

-どういった作風の方なのですか。

この時代の純文学です。太宰治のことを書いた文章は涙が出るくらい素晴らしいです。今さんのお宅の近くに私が店を構えたのも何かのご縁かもしれないと思います。

三鷹市の太宰関連スポットを紹介する「元祖・太宰マップ」。駅前の観光案内所で入手できる。

三鷹市の太宰関連スポットを紹介する「元祖・太宰マップ」。駅前の観光案内所で入手できる。

太宰の時代とつながる瞬間が、三鷹のあちこちで体験できる

-実際に住まれてから三鷹の印象は変わりましたか。

特に変わらないですね。思っていた通りのところです。一つびっくりしたのは畑のところにある野菜の販売機です。関西では見かけなかったですから。コインロッカーに野菜を入れるという発想がすごいし、ロッカーに入っていなくてもどこかにお金を入れて持って帰るというのはすごくいいです。それに三鷹は想像以上に自然が多かったです。ほっとしますよね。

-玉川上水も緑豊かですし。

太宰ファンとしては玉川上水の存在がとても大きいです。玉川上水がいまも残っているから、現在の三鷹も太宰治と地続きな感じがします。ほんとうに足音が聞こえそうな時があるんですよ。玉川上水沿いは明るい間はけっこう人の往来があるんですけれども、たまたまエアポケットに入ったかのようにしーんとする時があって、その時は本当に太宰治と同じものを見ている気がするんです。

-それは玉川上水のどの辺りですか?

「ポケットスペース」といって、太宰が玉川上水に佇む写真プレートのある場所があるんですけれど、木々が鬱蒼としている時なんか、プレートの写真と照らし合わせてもあまり変わらないですね。だから、「太宰はほんとうにここにいたんだな」と思います。ああいう写真があると想像しやすくて、たいへんありがたいです。何気なく散歩している人もあの説明板のおかげで作家を身近に感じることができ、文化の香りが高い街になっているんじゃないでしょうか。

-太宰の時代のかけらが残っているわけですね。

お店のあちこちにはさまざまな太宰関連グッズが。お客さんから「ここにおいてほしい」と託されたものも多い。

お店のあちこちにはさまざまな太宰関連グッズが。お客さんから「ここにおいてほしい」と託されたものも多い。

太宰ゆかりのサルスベリの木も、触れるだけですごく嬉しいです。あの木はよく残してくれたと思います。それに陸橋から風景を見るとまだ昭和っぽくて、あそこから夕日を見たり富士山が見えたりすると「昔の人とつながっている感」があります。

井の頭公園には今も茶店の前に池があり、そこにベンチがありますね。そこに座って「乞食学生」という短編を読むと、太宰さんと同じ気持ちになれます。「茶店の椅子に腰掛けると蘇生して、思考が自由闊達になる」ということが書いてあって、それと同じような気分になれるんです。太宰さんは井の頭公園の動物園側で、クジャクが羽を広げるのを見るのも好きだったんですよ。私もそれを見たとき感動したのを覚えています。そんなふうに、太宰さんの生きた時代目線であの辺をうろうろしています。

-文学散歩の主宰もされています。

季節に一回読書会をしています。夏に当たる桜桃忌は太宰治に関することなら自由に発表ということにして、それ以外は太宰作品を一つ決めて読書会をしています。年に1回は文学散歩を読書会のアウトドア編にするのが目標です。

桜桃忌の時には遠方からもいらっしゃって、九州から来られた方もありました。

河村隆一が太宰治、大杉漣が佐藤春夫を演じた映画「ピカレスク」のスチールと、三鷹在住だった作家・長嶋有の色紙。

河村隆一が太宰治、大杉漣が佐藤春夫を演じた映画「ピカレスク」のスチールと、三鷹在住だった作家・長嶋有の色紙。

生誕110年のメモリアルイヤーを機に、自著を自分の店で販売する夢を実現

-駄場さんが自費出版された本「太宰婚〜古本カフェ・フォスフォレッセンスの開業物語」も置いてあります。

それは店での閲覧用で、残念ながら今は品切れです。桜桃忌の頃には増刷できる予定です。(本体価格1100円・パブリック・ブレイン発行 6月19日桜桃忌に発売予定。予約受付中)

「太宰婚〜古本カフェ・フォスフォレッセンスの開業物語」。加筆修正した増刷分からは書店でも予約・入手が可能。

「太宰婚〜古本カフェ・フォスフォレッセンスの開業物語」。加筆修正した増刷分からは書店でも予約・入手が可能。

-拝見すると、開店してから迎えた危機とかいろいろ書いてありますね。

一番大きかった危機は、このビルを持ち主が売りに出すという時に、私が出なくちゃいけないかもしれないということになったことです。それを「ユー・ガット・ア・メール」という一本の映画に救われました。不動産屋の社長さんが、その件でメグ・ライアンが小さな本屋を経営しているこの映画を思い出してしまったんですって。「映画の中では小さい書店は潰れてしまったけれど、ここは潰したくない」ということで、私が続けるのが一番いいと持ち主さんと銀行さんに交渉してくださったんです。おかげで店を持続しビルを購入できました。

その不動産屋の社長さんもすごいですが、ビルを買った駄場さんもすごいです。

その社長さんは私が買った翌年に引退されました。持ち主の人が売りに出すのが一年後だったらアウトだったかもしれません。ほんとうに運が良かったです。持続できることになったとき、お客さんたちから口々に「太宰さんが絶対守ってくれてる!」って言われました。それが一番ドラマチックでしたね。ビルの名前も太宰治の「ロマネスク」という作品からとってロマネスクビルにしました。

ご近所在住の画家による太宰治の絵も飾られている。ファンの太宰治への思いが、今も息づいているのが感じられる。

ご近所在住の画家による太宰治の絵も飾られている。ファンの太宰治への思いが、今も息づいているのが感じられる。

-この本をまとめられたきっかけは?

2019年が太宰生誕110年なので、110冊限定で1100円プラス消費税で売ろうと自費出版しました。去年は没後70年で、太宰さんが愛した荻窪のパン屋さんのステッキパンを、パン屋さんに復刻してもらって販売しました。今年はそれ以上のことをしたいし、メモリアルイヤーはしばらくないので、このタイミングで頑張ろうと。前の年の11月から書き始めて、2019年の2月28日に発売しました。思ったより楽しく書けました。

-これからやってみたいことは?。

本を出版したので、次は自分のCDですね。自分の書いたものと歌ったものを一つずつ出したいというのが小さい頃からの夢なんです。できるかどうかわかりませんが、夢は大きく(笑)。

-公言していると実現しそうですよね。

そう、夢は言いまくったほうがいいです(笑)。今はYou Tubeがあるし、CDだって自分で焼けますしね。固定観念を破って行動するのが大事かと思います。そういうことができるのが暇な店の特権ですよ。最近よく「17年間続いた秘訣は何ですか」と聞かれるんですけれど、私は「暇な時間も好きという才能があったから」と答えます。ほんとうにそれが良かったのだと思います。

古本カフェで、夢と現実の間のひとときをどうぞ。

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この記事を書いた人
萩谷 美也子 (いて座)サイエンスライター

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