紙芝居師「せんべい」さん

紙芝居だからこそできる心に響く “伝えかた“ で、子どもも大人も笑顔にしたい。

紙芝居師「せんべい」さん

「せんべいの紙芝居」を主宰するせんべいさん。ご年配の方ならご存知の、アンティークな自転車に紙芝居をのっけて、都内はもとより全国各地に出張する紙芝居師さんです。平日の昼中心に不定期開店の「せんべいの駄菓子屋さん」も子どもたちに大人気。酸いも辛いもかみ分けたお年頃になってから、子どものころからの夢を着実に形にしています。

紙芝居師「せんべい」さん(てんびん座 )
生まれも育ちも三鷹。大好きな漫画の舞台・軽井沢(軽井沢シンドローム)に住みたくて軽井沢のホテルに就職、その後千葉県八千代市(桜桃物語)に住む。一度リセットして三鷹で福祉系の仕事に就き、縁あって紙芝居師となって今に至る。2019年から駄菓子屋も運営。社会福祉士。

紙芝居に出会って、子どもの時からの夢が再燃

-なかなか波瀾に富んだ半生です。もともとお芝居はお好きだったんですか?

小学校の時からずっとお芝居や演劇が大好きでした。人前で声を出したくて、国語の授業で教科書の音読を当てられると嬉しかったくらい。でも恥ずかしがり屋でした。大学と並行して演劇の学校にも通い、ほんとうは卒業後も演劇をやりたかったんです。
「主役じゃないといや、だけど自分にそんな才能があるのか?」と考え、いったんは普通に就職して実家を出ました。

-三鷹では福祉系のお仕事が長かったのですね。

そうですね。おもに高齢福祉者関係です。老人ホームの立ち上げスタッフや高齢者在宅センターの相談員から、老人保健施設の相談員、地域包括支援センターの社会福祉士、福祉サービスのソーシャルワーカーもやっていました。就職して組織の中に入ると異動もあり、やりたい仕事の部署だけにはとどまれません。それでちょっともやもやして、転職も考え始めていたのです。

-ちなみに紙芝居を始めたきっかけは?

そんなある日、「世界一の紙芝居師ヤッサン」というオッサンに出会いました。その人が2009年に「プロの紙芝居師養成オーディション」なるものをしたのです。受かった人を正社員で 雇うということでした。月給は10万円くらいでしたが、面白そうだったのでオーディションを覗きに行きました。

-オーディションはどこであったんですか。

浅草花やしきの広いホールです。4月の29日とか30日とかそのへんでした。そんなバカなことを考える人はそうそういないだろうと思ったら、なんと大人が150人以上集まっていました。そこでヤッサンの紙芝居を初めて見ました。

じつは私、子どもの頃も街頭紙芝居というのは見たことがなかったんですよ。

-私はまた、子どものころに紙芝居を見ていたから始められたのかと思っていました。

いえ、ほんとうの紙芝居を見たのはヤッサンのが初めてでした。 それまで私が持っていた紙芝居のイメージは、図書館の読み聞かせだったんです。お話を美しく読んで語る朗読の延長線上に紙芝居を考えていましたが、全然違いました。

特にこのヤッサンの紙芝居は双方向で、広い会場に集まった150人全員を巻き込んでしまいました。紙芝居のサイズは今私がやっているのと同じですよ。それなのに一瞬で会場の全てを掴みとっちゃう。すごかった。それを見て、「この人みたいな紙芝居をやりたいな」と。

「せんべいの駄菓子屋さん」で待機中の紙芝居用の「枠」と自転車。

「せんべいの駄菓子屋さん」で待機中の紙芝居用の「枠」と自転車。

-そのヤッサンという方の紙芝居は、ほかの方の紙芝居とはかなり違うんでしょうか?

演じる側が主役ではなくて、見ている人の側を主役にしていくのです。それがヤッサン流で、すごくお客さんを元気にする。

たとえばクイズを出すとします。そのクイズに想定とは違う答えが返ってきた場合も、必ずうまく拾って返してあげる。そうすると答えた子にスポットが当たるんです。学校で手があげられない子や勉強が苦手な子でも、機転の利く子とかすごい発想をする子がいるじゃないですか。クイズで上手にそういう子たちの良さを引き出して、その子がその場のスターになる。それができるのがすごかった。残念ながら2012年に亡くなられましたが。

-その方がせんべいさんの師匠に当たられるのですね。

弟子は複数いて、そのうちの1人がヤッサンに聞き書きしてまとめた本があります(「世界一の紙芝居屋ヤッサンの教え」安野侑志 髙田真里 ダイヤモンド社)。この本にも書いてありますけれども、ヤッサンは紙芝居だけで子どもを4人育てています。昔ながらの紙芝居屋では食べさせられないから、どうやったらそこにもっと付加価値をつけられるか考えて実践してきた人です。
「プロの紙芝居師養成オーディション」はヤッサンがある会社と組んで仕掛けたものでした。

-じゃあ、そのオーディションには…

落ちたんです。オーディションが終わった後に、オーディションには落ちたけれども、それでも師匠に教わりたいという人が残りました。その人たちがヤッサンと合宿をしました。
「紙芝居師になるんだったら名前を決めよう。これからずっとその名前でみんなに呼ばれるんだから、あなたらしい名前を決めようね」ということで、長い人は2、3日かかって名前を決めました。そのために「どこの出身ですか」「ご趣味は何ですか」とか、いろいろ聞くじゃないですか。もうみんな、そこで人生を語りましたね(笑)。

-で、「せんべい」という名前になったのはなぜですか?

私の場合、「何が好き?」「せんべい」「いいね それ!」で即決でした。最初はギャグだろうと思ったんですよ。
よく考えてみたら、せんべいって日本の伝統的なお菓子だし、いろいろな味付けがある。それにお茶のお供でしょ。みんなが笑顔になるお茶の間にせんべいがある。そういう風にこじつけつつ納得しました。

-せんべいさんはヤッサンが大好きなんですね。

もう一人、梅田佳声さんといって語りだけで大人を魅了できるすごい人がいたんです。この方も亡くなってしまいましたが、語り物の紙芝居で入場料を取って、ちゃんとお客さんが入る人でした。私はもともと語りが好きなので、その方の紙芝居を見てこちらもやりたいと思いました。両方の良いところをミックスしながらやっていきたいと思います。

3月12日のだがしの日に「せんべいの駄菓子屋さん」をオープンした。

3月12日のだがしの日に「せんべいの駄菓子屋さん」をオープンした。

紙芝居の仕事がない日に駄菓子屋さんを

-「せんべいの駄菓子屋さん」を始めたきっかけを教えてください。

それも紙芝居つながりなんですよ。一昨年イベントに呼んでもらったとき、そこに駄菓子の出張販売に来ている方がいました。私の紙芝居を見て「面白いね」といってくださって、駄菓子屋と紙芝居屋で何か一緒にコラボができるかもしれないと。でも、その人に東久留米の駄菓子屋さんを紹介してもらいました。

3月12日がだがしの日で、駄菓子メーカーさんたちの「DAGASHIで世界を笑顔にする会」というのもあるんですよ。師匠のヤッサンも「紙芝居で世界を笑顔にしてノーベル平和賞を取りたい」といっていたので、共通点があるなと感じました。

ちょうど使えそうなスペースがあったし、「紙芝居はだいたい土日のイベントに呼ばれるので、平日の昼間ならできるかもしれない」とひらめいたが今年の1月で、3月12日にはオープンしました。娘のダンナが面白がってペンキを塗ってくれ、娘も安くて使えそうな道具類を見つけてきてくれました。

-紙芝居との相乗効果はありますか?

駄菓子屋をやることで、地元でもっと紙芝居やせんべいの紙芝居の存在を知ってほしいという気持ちはありました。駄菓子屋に来る小学生を通じて紙芝居のことを知って、問合せをいただくことは増えましたね。

学校帰りの小学生たちで店内はにぎやか。「大人買い」にくる常連さんも。

学校帰りの小学生たちで店内はにぎやか。「大人買い」にくる常連さんも。

-普段どういったところで紙芝居をされているのでしょう。

定期的にやっているのは柴又帝釈天で、「大江戸ヤッサン一座」のメンバーと一緒にやっています。あとは九段下にある昭和館が街頭紙芝居を500点も所蔵していて、奇数月の第4土曜日に紙芝居の実演会をやっています。普段やっている紙芝居とは少し違いますが、その実演もやらせていただいています。ここは梅田佳声さんからのご縁です。それは3人の紙芝居師でやっています。

-それ以外には、どのようなご依頼が?

お祭りや自治会のイベントとか、ショッピングモールのイベントなどに呼んでいただいています。前に他でご覧になった方とか、人づてのご依頼が多いですね。

最近は日野の市民大学の講座の企画委員の方が、「以前見たことがあって面白かったから」と呼んでくださいました。

あとは社会福祉協議会関係です。三鷹で言えば「ほのぼのネット」さん、「権利擁護センター」さんに呼んでいただいて、成年後見制度啓発紙芝居をやっています。

-屋内と屋外と両方でやられているんですね。

はい、この自転車は付いてきますが。自転車がミソというか、舞台装置になっているんです。年配の方は紙芝居の隙間の時間に自転車だけ見にきますもん。「これは古い自転車だね。ちょっといいかい?」と言って写真を撮っていくおじ様がいたりします。

-見にいらっしゃる方々の年齢層もさまざまでしょうね。

師匠は「9歳の子ども心を目指せ」といっていました。「自分が9歳のときの子どもを客席に置いて、その子が面白がってくれるかを考えろ 」と。小学校に上がっていないちっちゃい子はちょっと背伸びして楽しむ。大人はその年齢まで戻ってくださる。反応はそれぞれですね。同じクイズでもみんな答えが違うから面白いです。

-紙芝居づくりのワークショップもされています。

はがきサイズの紙芝居を作ります。自分の心の中にあるものを何でもいいからハガキサイズの紙に書いて発表してもらいます。ストーリーを考えるわけではないので、難しいことはありません。だいたい4枚くらいかな。なんで4枚かわかる?

-起承転結ですか?

はずれ。1枚~、2枚~、3枚~、おしまい。

-活動される上で大切にしていることは。

素直でいたいと思います。なかなかできないですけれど。紙芝居で一番大事なのは人柄だというのが師匠の教えです。「紙芝居の枠はその人の人柄が全部見える怖い装置です」って。

仕事でのつながりや人との出会いが新たな作品を生む

-今回はコミュニティセンターでの成年後見制度啓発紙芝居を見せていただきました。これは前職の福祉関係のお仕事と何か関連が?

そもそもは社会福祉士として福祉法人に勤務していた時に成年後見制度が始まったんです。当時は地域包括支援センターができる前で社会福祉士資格が必須の仕事は少なく、成年後見人もする独立型の社会福祉士を目指そうかとも思っていたのです。三鷹武蔵野の成年後見に関わる専門職が集まった勉強会で司法書士の稲岡さんと知り合いました。今から20年くらい前です。

そのあと私は紙芝居師になったので、ずっと連絡を取っていなかったのですが、一昨年「星と森と絵本の家」で神沢利子さんのお話会があって、その会場でばったり再会しました。

-それはまた、すごい偶然ですね。

私は高齢者福祉の分野で仕事をしている時期が長かったので、紙芝居でシニア世代に笑顔になってもらうためにできることがないかと考えていました。「成年後見制度は説明しづらいので、これを紙芝居にできないだろうか。でも私は法律家ではないから細かいところまでチェックできないし、厳しいかな」と、ずっとどこかで思っていたんです。

再会した稲岡さんに話したら、稲岡さんもちょうど少し時間ができたところだというので一緒に始めることにしたのです。それがなければ今の紙芝居はできていなかったですね。

成年後見啓発紙芝居「もう一度笑顔になりたい」をコミセンの茶話会で熱演中。

成年後見啓発紙芝居「もう一度笑顔になりたい」をコミセンの茶話会で熱演中。

-そういう形で師匠以外の方とコラボして作った紙芝居は他にもありますか?

一昨年は童画作家の浅野薫さんに絵を描いていただき、ジャズピアニストの成田祐一さんのピアノで宮沢賢治の「やまなし」の紙芝居ライブを西荻窪でしました。

お二人には知り合いの紹介で吉祥寺のライブハウスに成田さんのピアノを聴きに行った時に知り合いました。ジャズはアドリブができますから、まず成田さんと「紙芝居でコラボしたいですね!」と盛り上がって、「新しい紙芝居を作らなきゃいけないけど、私絵が描けないし」といったら、そこに浅野さんがいたんです(笑)。しかも浅野さんは紙芝居を描いたこともあるし、宮沢賢治も何点か描いていました。

-音楽とのコラボもできるんですね。

ただ、普段の私の紙芝居とはかなりテイストが違うし、プロのお二方とのコラボなので、ちゃんとやらなきゃと思っていたところ、三鷹のボランティアセンターの朗読講座が縁で、25年前に通っていた音声表現学苑の坂井清成先生が今も高田馬場でお教室をしいるということを知りました。坂井先生は音声表現の専門家で、宮沢賢治をライフワークになさっています。そこに「やまなし」を習いに行って、2017年の12月に2回公演をしました。その時の紙芝居は絵本になって出版されました。

-そこにも20年以上前のご縁が生きてくるとは。

今年の7月には小泉八雲の「破られた約束」を琵琶奏者の後藤“弦城”幸浩さんと一緒にやらせていただきました。今年9月に再演もしています。
後藤さんとも知人つながりで知り合いました。以前から和楽器とコラボをやりたいと思っていたのですが、なかなかこれぞという方に巡り会えなかったのです。

-琵琶奏者ですか。

演奏するのは薩摩琵琶なのですが、音楽全般に造詣が深くて、「古典芸能をやっています」という敷居の高さがない方です。渋谷のバーでテレビまんがの主題歌の CD をかけて、それについて音楽のルーツから語っちゃう人です。活動弁士の伴奏もしてアドリブもお得意です。
演目を小泉八雲にしたのは、怪談をやりたいという私の野望ゆえです。

-その野望とは?

怪談の牡丹灯籠をやりたいんですね。落語の牡丹灯籠を昔の街頭紙芝居のように何巻かに分けて、連続ものにしたい。大人が話芸として楽しめる紙芝居のジャンルを作れたらいいなと思います。

でもそのためには、絵を描く人と台本を書く人が必要だし、私自身にも語りの力、それで人を呼べるだけの力がないといけない。でも、いつか力をつけてやりたいです。

-なるほど。

坂井先生に話したら、「まず朗読でやったことのある小泉八雲がいいんじゃないか。11月にやるうちの朗読劇に出てくれるのなら、僕がその台本を書いてあげるよ」ということで、捕まってしまいました。ずっと音声表現の勉強してらしたから先生の書くものはやっぱり言葉の使い方がすごいし、台詞として喋りやすい言葉なんです。

そういうわけで、11月には先生の主宰する朗読集団ひびきの朗読劇「ひばり」にジャンヌ・ダルク役で出ます。蜷川幸雄演出で松たか子がやった役ですね(笑)。

-いろいろなところでのご経験や人との出会いがつながってきていますね。
牡丹灯籠も野望のひとつということですが、これからやってみたいことは?

ちゃんと大人が鑑賞できる語りの紙芝居を作りたいです。ただそれも一方的に語るだけではなく、ヤッサンのところで学んだ会場を巻き込む参加型にできないかと模索しているところです。結局子どものころ大好きで諦めきれなかったことが、こういう形で残っているんですね。

紙芝居は難しいことをやさしく、やさしいことを深くお伝えするのにとてもいいツールです。私は何かを切実に伝えたい人に代わって、その題材を楽しくお知らせする伝え手になれればいいなと思っています。

せんべいさん

せんべいさん


この記事を書いた人
萩谷 美也子 (いて座)サイエンスライター

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